【発達障害】6才の当事者に「どうしてほしい?」って聞かないで

発達障害と診断を受けて、自分の生きづらさを抱えた人生や、それでもうまくいく対策などを本にまとめたところ、テレビで取り上げられたり、講演の機会をいただいたり、数えてみたらもう数万人を超える方々に発達障害についてお伝えをしてきました。

 

この仕事にはとても生きがいを感じますし、一人でも多くの方に伝えたいと心から思うのですが、同時に、「どうしよう」「大変」「疲れる」「辛い」と思っている自分もいます。

 

まず、よくわからない自分について語る難しさです。

 

発達障害と診断を受けて、専門書を読むまでは、自分の体質や気質に個性があることに気がつくことが出来ていませんでした。例えば、匂いにとても過敏で、学校でよく頭痛を起こしていたのはそれも原因。マスク一枚あればとても楽になる。そんなことにも気がつくことが出来なかったのです。

 

脳の発達の偏りが原因で、発達障害は生まれつき備わっているものです。育てられ方や環境による個性、後から起こる病気とは違い、生まれつきという点が発達障害である必須の条件となります。

 

ですから、匂いにも生まれつき敏感なので、「こんなものだ」と思ってしまっているのです。楽な状態を知らないので、辛くても苦しくても、それが当たり前だと感じてしまう。それを見つけて、さらに対策まで考えることは、本人には難しい。自分を客観視するためには、ある程度の経験や学習が必要です。当事者だから、自分のことをよく知っているとは限らないのです。

 

著作家になって、発達障害について伝え続ける立場になりましたが、これは私の仕事であって、決してニュートラルな障害者の姿ではありません。自分を客観視して対策を考える。相当な時間や労力を投じて、ようやく聞く人が納得してくれる話ができる。日本人の肌は黄色と認識されていますが、「どうして肌が黄色いの?」と聞かれても、なんて答えていいかわからないでしょう?生まれつきのことについて聞かれる面倒臭さというのはそういう感覚です。

 

発達障害と診断を受けて、それを人に伝えると、よく言われるようになることが、「どうしたい?」「どうしてほしい?」という問いかけです。優しい人ほどよく聞きます。

 

ところが当事者にとっては、自分でなんとか言えることは辛くて苦しいことくらいで、どうしたいか、どうしてほしいか考えをまとめて伝えることは至難の技です。よくするたとえ話ですが、ひどい腹痛で病院になんとかたどり着いた時に、医師に「どうしたい?」と聞かれたらどんな気持ちになりますか?「どうしてほしい?」と聞かれたらどうでしょう?「どうしたらいいかわかりません。」「なんとかしてください」としか言いようがありません。

 

小学校に入学する発達障害のお子さんに、どうか「どうしてほしい」と聞かないであげてください。大人の私でも苦しい問いかけの連続に、6才の子供が診断を受けたばっかりに晒され続けることに心が痛みます。どうしたらいいかは大人が考えて、楽になれる方法を試しながら見つけてあげてください。だんだんと自分でもできるようになる。それが小学校で学ぶ意味です。意味があれば通いたくなると思うのです。

 

 

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